介護用リフトの導入が自宅退院を可能にした重症脳卒中の一例
医療法人羅寿久会 浅木病院 小川僚(OT)甲斐玲(PT)新藤和廣(OT)三好安(MD)
【はじめに】
介護用リフトが介護負担や腰痛を軽減することは知られているものの,操作が煩雑で時間を要するなどの理由からわが国での普及率は低い.過去5年間で当院退院時に移乗能力がFIMで1点であった患者39名の転帰先およびリフトの導入率を調査したところ約4割の方が自宅退院し、約9割がリフト導入していた。(図1)
今回,高齢の妻が唯一の介護者であったにも関わらず,自宅退院へと繋げることができた脳卒中による重度片麻痺の症例を経験した.この自宅退院を実現させた要因として介護用リフトの活用があげられ,その導入から自宅退院までの経過と,在宅生活の追跡調査を報告する.
【症例】
80歳代,男性.右利き.身長170㎝,体重55kg.某日,右中大脳動脈領域に広範な脳梗塞発症.19病日(入院1日目)にリハビリ目的で当院入院.左完全麻痺,左半側空間無視,意識障害(Japan Coma Scale:Ⅱ-10)を認め,指示理解も困難であった.ADLはFIM:23点と全介助状態.80歳代の妻と二人暮らしで,妻は小柄(身長145㎝)なうえに肩痛,腰痛もあった.
【入院経過】
入院時よりその重症度から多介助の状態で終わる可能性が高いと考えられたが,妻は「なんとか自宅に連れて帰ってあげたい」との強い希望があった.妻の体力では実用的な移乗動作はできないことが予見されたために,入院当初から介護用リフトの導入を視野に入れ,実際にリフトで移乗させている現場を見学してもらうように努めた.最初は,「手順が多く,私には難しい.」と言っていたが,入院14病日目より移乗時に協力するようになり,ベッド柵の取り外しや電動ベッド操作などを自主的に行うようになった.この頃から,「ずっと見てきたから手順を覚えてきた.手助けをしてもらえば出来るかもしれない.」と自信がついてきた.入院28病日目よりすべての過程を妻に行ってもらい,出来ていないところを助言,援助をする形で介入した.1回目は吊り具の敷き込み,ベッドから車椅子までの移動を含め9分50秒かかったが,徐々に時間は短縮し援助する回数も減っていった.退院時には援助することなく4分30秒で可能となり,「慣れると大変と感じない.」とリフトに対する印象が変わっていた.入院83病日目に希望であった自宅へ退院した.
【追跡調査】
1年後に追跡調査を行い,リフト移乗の時間は3分20秒と退院時よりさらに短縮していた.Zarit介護負担感尺度(短縮版)は退院時21点から10点と軽減していた.本症例の意識状態も改善し,簡単な会話が行えたり笑顔も見られたりするようになっていた.また,妻は気持ちに余裕ができたと趣味活動を再開していた.
【考察】
植松らは高齢脳卒中患者が自宅退院するための条件として,「移乗」と「家族構成人数」が大きく関与すると述べている.本症例は移乗動作に多介助を要し,高齢の妻との二人暮らしであったために在宅復帰は困難な状態だったといえる.わが国の高齢化社会の進行に伴い,今後老々介護で在宅生活を送らなければならない状況はますます増えていくと考えられ,介護用リフトを活用する意義が高まるのではないかと思われる.リフトの導入時には未経験のために不安や大変さを訴えることも予想されるが,本症例のごとく家族が操作方法を習得すれば身体的な負担が軽減され,気持ちにも余裕をもった在宅生活を送ることができることが示唆された.
(第52回 日本作業療法学会2018 口述発表)